萩本欽一はつまらないし嫌い?息子に障害?彼の運の理論!

欽ちゃんの愛称でおなじみの萩本欽一さん。

彼は今のお笑い界、いや芸能界では重鎮中の重鎮。

長年続いた長寿番組笑っていいとも!のテレホンショッキングに萩本欽一さんが登場した時には、あのタモリさんでさえ敬語でした。

タモリさんって芸能界では大御所というイメージがあったのでなんか新鮮でした。

今回はそんな萩本欽一さんについて取り上げたいと思います!

萩本欽一

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萩本欽一さんは1941年生まれのお笑い芸人です。

コント55号で芸能界デビューして以来、彼の芸能界での伝説は始まることになります。
ちなみにコント55号は今は亡き坂上二郎さんとのコンビでした。これも今や伝説のコンビですね。お笑い創成期です。

同期には西川きよしさんや立川談志といった師匠級の人たちが名前をそろえています。

今現在、彼が芸能界でここまでの扱いを受けているのにはやはり理由がいくつかあります。

その一つとして有名なのは『視聴率100%』男としての異名でしょう。

勿論、この視聴率100%というのは1つの番組ではなく、当時彼がレギュラー出演をしていた3本の人気番組の合計視聴率のことです。

3本合計でも凄いですよね。笑
彼が司会を務めた番組の平均視聴率は30%を超えています。

また、つい最近2015年には高卒だった萩本欽一さんが駒澤大学に入学したことで話題になりましたね。

学部は仏教学部。
なんか悟りを開かれるのでしょうか・・・笑

萩本欽一の語る運の理論

彼は司会者としてずば抜けた才能を発揮した一方で、ある程度の地位に立ってからは人を見る力というものに定評が集まるようになります。

その人を選ぶ人選力やキャスティング能力もずば抜けていたと芸能関係者は語ります。

ではそのキャスティング力の源は何か?というと、萩本さんは『運』だといいます。

番組を当てるためには運が必要。

その運を作りだすのはバランスの取れたキャスティングであり、そのバランスを取るためには出来る奴とか優秀な奴だけで番組を組んではいけないのだとか。

彼独自のキャスティングに関する運の理論ですね。

つまらないし嫌い?

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芸能界で重鎮として語られ、過去には確かに高視聴率男としての威厳がありました。

しかし、現在では世間の声は意外なもので、そのおおくは彼をつまらないとか嫌いという人たちなのです。

言い分を見てみると、『単純に全く面白くない』というのが最も多い意見です。

確かに今テレビに出演しても『おもしろい!』とはあまり思いませんね・・・笑

しかもコント55号当時を知る人の意見の中にも、この当時から漫才は対して面白くなかったという人もいます。

まぁ人それぞれ好みはありますが、私個人もその当時の漫才を今見てしまうと何が面白いのか分かりません。。。

でもこれはコント55号に限ったことでは無く、吉本の養成所時代から天才といわれていたダウンタウンでさえもデビュー当時の漫才はなにが面白いのか分かりません。

お笑いの専門家じゃないので詳しくは分かりませんが、どうやら笑いにも流行とか時代というものが存在するようで、当時は受けていたものでも今同じネタをやったら受けないということが往々にしてあるそうです。

ただ、彼が有名になったのは漫才師としてというよりは司会者としてです。

全盛期の萩本欽一さんの素人イジリの話芸は天下一品だったといいます。

息子に障害?

萩本欽一さんには3人のお子さんがいらっしゃいます。

3人とも既に大きく、孫もいらっしゃいますね。

そんな彼の息子さんに関して障害がある?という噂が流れているようです。

しかし、結論から言ってそんな事実はありません。

よくありがちな芸能人のありもしない噂話の類です。笑

ちなみに彼は子供たちに対して、『大学が無駄になるような人生を歩みなさい』と教えを説いてきたようです。

まとめ

今回はお笑い芸人の萩本欽一さんについて取り上げました。

ご高齢になってからテレビへの出演機会は減りましたが、依然として重鎮として君臨し続けています。

彼世代の芸人さんは少なくなってきているので、彼にはいつまでも元気な姿を見せていて欲しいと思いますね。

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